第八回 転職、タイ

2004年、ルーマニアで転職を決意し一旦帰国。ミスミという商社に転職をした。その頃、タイで自動車産業が拡大しており、ミスミも配送センター、製造工場の設立をすることになり、建設の段階から現地に入り、社長に就任した。赴任先は。シラチャーというバンコクから2時間も離れた田舎町だ。タイは6ヵ国目の駐在で海外法人の経営は慣れているはずだったが、ここで大きな失敗を犯した。ロシアやフランスでは、その国の言葉を覚えて仕事をしていたのだが、タイでは怠慢にも英語で従業員とコミュニケーションをしていた。ただ、配送現場の従業員は英語ができないためコミュニケーションをおざなりにしていた。声が経営まで届かないことに対する不満が蓄積され、それがストライキになった。朝出社すると、社員がいない。部品を出荷ができないと自動車や半導体メーカーの生産にも影響を及ぼしてしまうことにもなる。まずは、現地マネージャーに何とか社員を説得してもらい社員をバスで迎えにいった。一日の作業を夜遅くになんとか終えたあと、社員と話し合いの場をもった。現場に目を向けない、英語での高圧的な態度、コミュニケーションを取らない私に対しての不満が溢れ出た。その場で謝罪し、その後は言葉も少し覚えて飲み会の場を儲けたり、現場を回ってコミュニケーションをしたり改善したのだが、この失敗は今でも夢を見る。社長から見ると社員は大勢いるが、社員からは社長は一人しかおらず、よく見られているし期待もされている。自分の安易な言動も時には意図していない大きな問題に発展する。権限移譲するも全体を把握できる報告体制を確立し、言動、行動には注意を払いながらも自身でメッセージを発信することが重要だ。失敗から得た教訓だ。
Kenhoshi&Company代表
オイシックス COO 他