山梨の園芸2023年11月号に寄稿


2008年、20年間の海外勤務から帰国しアマゾンジャパンに転職し、経営メンバーとして2018年までの10年間、事業成長を支えました。日本企業であればそれぞれの海外子会社に経営を任せる範囲も大きいですが、アマゾンではどの国でも米国本社の経営方法と同じです。開発拠点は米国やインドなどに限られ、日本独自のシステム開発は許されませんでした。それは世界共通のプラットフォームとなり、一つの開発で世界展開を容易にする非常に効率的な経営です。

また、入社時、約三千億円だった日本の売上が10年後の退職時には約二兆円となりましたが、そのスピード成長の骨幹となっているのが顧客中心思考です。数億点の商品の多くが日本全国の27ヶ所(現在)から注文後、当日、翌日には届けられています。“地球上のありとあらゆる品揃えを提供する”ことをミッションとし、その価格、利便性に徹底的にこだわっているのです。

お客様の期待を超えるサービスをどんどん生み出し、その利便性は、プライム会員向けの配送料無料や映画、音楽などの無料配信、音声認識スピーカーなどに加え、今やネット販売では当たり前になっている商品に対する商品レビューもその一つです。商品を実際に見ることの出来ない多くのお客様がそのレビューを参考にして購入していますが、当初、メーカーからは、悪いレビューが付くと商品イメージが悪くなると敬遠されたものでした。それでもお客様目線で何が重要、大切なのかを最優先し推し進め、徹底した顧客中心思考を仕組みにしたのです。

では、社員の一人一人が何故、顧客中心思考を実践できるのでしょうか?一番の要因は、16項目からなるリーダーシッププリンシプルと呼ばれる行動規範の徹底です。それは、洗脳に近い教育と、そして、採用、評価、意思決定、新サービス開発など、ありとあらゆる場面で使われることによって成されています。その一つに、「Customer Obsession」と呼ばれる直訳すると顧客への執着、わかりやすくすれば顧客中心主義というものがあります。その説明文は以下の通りです。「リーダーはまずお客様を起点に考え、お客様のニーズに基づき行動します。お客様から信頼を得て、維持していくために全力を尽くします。リーダーは競合に注意を払いますが、何よりもお客様を中心に考えることにこだわります。」

顧客中心主義そのものは、さまざまな企業でも同様の理念を掲げていることも多いですが、目先の利益が出ないといった理由で少なからず妥協してしまうことが多いのではないでしょうか?私の経験でも「大切なのはお客様」という明確な判断基準によって、迷走しそうになった議論が軌道修正されたことがしばしばありました。

アマゾンが掲げる「Customer Obsession」とはどういうことなのでしょうか。上述の商品レビューの例に加えて、具体的な事例を挙げてみましょう。

ある年のクリスマスシーズンに在庫管理のミスからか、お客様のクリスマスプレゼント需要を受注しましたが、在庫の割当が出来なくなりました。当時の倉庫のスタッフが競合他社の実店舗を探し回って同じ商品を見つけ、お客様まで自分で届けたことがありました。

さらには、私が家電を担当する事業部も含んだハードライン事業本部の統括事業本部長だった時代に、家電商品が生産中止やモデルチェンジによって廃番になってしまうことがしばしばありました。まだ在庫管理の自動化が発展途上だった頃、ある家電廃番商品に在庫を超える数の注文を受けてしまったのです。 普通のストアであれば、注文のタイミングが遅かったお客様に連絡をして「在庫切れです」と断ればいいという判断になるでしょう。でも、アマゾンでは違います。その時はバイヤーや発注担当者に指示をして家電量販店や現金問屋などを片っ端から当たり商品を調達し、コストを度外視してでも注文してくれたお客様に商品を届けることを選択したのです。

これらの例はもちろん、アマゾン側のミスをカバーするものであったので美談ではありません。ただし、背景には、「Customer Obsession」という行動規範があったからこそ、上司などの指示を受けなくてもメンバーが行動することができたのです。

もちろん、アマゾン社内での日々の仕事の中では利益や売上も重要なテーマではあります。でも、最終的な判断基準が「Customer Obsession」であることは、アマゾニアンにとって世界共通の常識となっており、幾度となくこれに立ち返り、自分たちが間違った判断をしないよう軌道修正をした経験があります。

常にお客様の目線で行動するのは簡単ではありません。企業は利益を出さなければ存続できません。そのような中、トップ、経営層が率先して「Customer Obsession」を貫き通すことによって他メンバーが迷いなく行動できることになります。このような経営層の気骨も重要だと考えます。

お客様の目線に立ったサービス構築の方法の一つとして、未来の仮想プレスリリースおよび想定問答集を作成する方法があります。

プレスリリースといえば、何らかのサービスがローンチ(開始)する際、文字通りプレス(メディアの記者)などに向けて発表するドキュメントのことです。でも、アマゾンでは新規のプロジェクトを社内で提案する時に、まずは将来的にそのサービスなり事業がローンチしたことを想定した仮想プレスリリースを書くことが求められるのです。

リリースの内容にも厳格なルールがあります。まず「どんなお客様にとってどんなメリットがあるのか」を明示しなければなりません。新規プロジェクトの企画書は、得てして提案者側の都合のいい論理で組み立てられてしまいがちです。でも、アマゾンにおける新規プロジェクト提案は、顧客目線のプレスリリース1枚で、その価値をアピールする必要があるのです。

サービスなどの名称、どんなことで困っている誰に向けて、このサービスを提供することでどんなメリットをもたらすことができるのか。プレスリリースは必ずそのポイントを踏まえて作成するのがルールとなっています。なぜならば、このプレスリリースは「Working backwards from Customers」(顧客の立場になって行動する)というアマゾンの考え方の一つのツールになっているからなのです。

「FAQ(想定問答集)」 セクションでは、社外からと社内から想定される質問の両方を記載します。外部向けFAQとは、報道関係者やお客様からの質問を想定したものです。例えば、「この商品はどこで購入できますか?」とか 、「この商品が壊れた場合はどうすればいいですか?」などになります。

社内向けFAQは、自身のチームメンバーや経営陣が尋ねる質問です。例えば、「この商品を2万円で販売する際に粗利益率を30%確保するためにはどうすればいいのか?」、「この商品を開発するために、何人の開発エンジニアを新たに雇用する必要があるのか?」などです。

プレスリリースは、顧客の体験の象徴的な部分を読者に伝え、FAQでは、顧客の体験の詳細と、その製品やサービスを開発するためにどれだけのコストがかかり、困難さの度合いなどを徹底的に評価するのです。よって、担当チームは、プレスリリースと想定問答集を書き上げていく過程で、事業部長などのシニアリーダーと何回もレビューミーティングを繰り返し、議論し、アイデアを洗練させていくのです。

プロジェクトの立案時、まず顧客目線のプレスリリースから作成することには「ゴールが明確になる」というメリットがあります。実際に仕事を進める中で、仕入れの都合や自分たちの手間暇を考慮して「ここは我慢しておこう」といった妥協が生じることはありがちです。しかし、プレスリリースに明記した顧客のメリットを損なうことがあってはならないという「軸」が定まる効果があります。

もう一つ重要なのがそのルールです。書き手が長い説明文や図表を挿入したりと書き手の視点で自分の仕事内容を全て説明するだけで、結果、何が重要で何が重要でないかという難しい判断を避けてしまうことがあります。それを防止するためのルールがあり、プレスリリースは1ページ以内、想定問答集は5ページ以内と強制することにより無駄な内容を省き、本質的な部分にフォーカスをさせるのです。

この方法は、農業従事者の皆様にも実践していただけるのではないでしょうか?